家庭問題トータルカウンセラー 松本 雄司

コロナ危機と鬼滅の刃

異例ずくめだった2020年

新型コロナウイルスに感染し、今も困難な闘病をしておられる方々にお見舞いを申し上げます。
また、治療の甲斐なく亡くなられた方々とそのご家族には、心から哀悼の祈りをお捧げいたします。
そして、献身的に治療をして下さる医療関係者に感謝申し上げます。

昨年は、私たちが今まで経験したこともない生活を強いられた一年でした。
例年なら、年末の繁華街は忘年会やクリスマスを楽しむ人たちでにぎわいます。
そして、お正月には多くの人々が故郷に帰省し、初詣や年始まわりをし、福袋を目当てに買い物に出かけます。

しかし、今年は”ステイホーム”で息を殺して静かに過ごすことになりました。
旧約聖書のイスラエル民族が疫病から逃れるために家に閉じこもった「過ぎ越し」のようです。

「半年もすれば収まるだろう」という楽観的な期待は打ち砕かれ、
ウイルスは全世界に拡大して猛威を振るっています。
今年中に収拾できるかどうかさえ定かではありません。

この全世界的な試練を深く見つめると、
感染症による未曽有の災難をどう乗り越えるかということが最重要課題ですが、
さらにその背後に、この時代に生きている人類に対して、何か大きな警告を発し、
覚醒を促している「天の声」のようなものさえ感じさせられます。

医療のあり方、経済活動のあり方、政治のあり方、国家のあり方、国連のあり方…
といった議論は当然のことですが、もっと心の奥から、
命とは何か、人はどう生きるべきか、家族とは何か、幸せとは何か…
といった深い問いかけが聞こえてきます。

コロナ危機が私たちに教えてくれたこと

日常もまた一変し、仕事は在宅、会議もリモート、イベントは無観客、飲食業は時短営業です。
家を一歩出れば常時マスク着用で、
隣人と出会っても”ソーシャルディスタンス”、親しい友人と会っても握手もできない…
という現実には戸惑いを覚えます。

さらに、コロナ感染で入院すれば、家族も手を握って励ますことができず、
臨終の瞬間すら看取ってあげられず、葬式も近親者だけでひっそりと済ませる…
という実情を知ると、私たちは
〝感染症.という病気の恐ろしさ、非情さに改めて戦慄を覚えます。

気軽に肩を叩き合える「人と人の生(なま)のふれあい」がどれだけ素晴らしいことだったのか。
「大切なものは、失った時にわかる」という言葉が、今、脳裏によみがえってきます。

コロナ禍を通して私たちが教えられたことは、
第一に、今や地球上に住む全人類は運命共同体であり、
問題解決のためには国境を超えた一致団結が必要であるということです。

第二は、私たちが失いかけていた価値観、「家庭」というものの大切さです。

「家族」こそがあらゆる闘いの〝最後の砦.であり、”幸せの核心”であったのです。
私たちは、相手の息遣いが聞こえる距離で暮らせること、
そして、ハグや握手で体の温もりが感じられる人間関係が、
これほど愛おしいものだとは気づいていなかったのです。

「鬼滅の刃」の快進撃と私たちへのメッセージ

アニメーション映画「鬼滅の刃」は日本を席巻した後、
世界各国に広がってメガヒットの記録更新を続けており、社会現象にまでなっています。

ネットに綴られた映画の感想には賛否両論がありますが、
「泣いた」という感想が多かったのが印象的でした。
特に、この映画以前のストーリーをマンガやTVアニメで見てきた人たちの中には、
国の内外を問わず、「体が震えるほど泣いた」という人がいるのです。

終戦直後の幼い兄妹の運命を描いた「火垂(ほたる)の墓」というアニメ映画は、
外国人でも「あまりにも悲しくて、泣けた」という人が大勢いましたが、
それとはまた違った意味合いで、観客の胸を揺さぶるものがあるようです。
そのことが気になって私も観に行きました。

舞台は大正時代。心の中まで侵入して人を支配する見えざる敵=「鬼」。
自分の留守中に鬼によって最愛の家族を惨殺された竈門炭治郎(かまどたんじろう)。
唯一生き残ったが鬼にされてしまった妹を人間に戻すため、
そして世の人々を救うため、彼は鬼殺(きさつ)隊に志願し鬼一党を亡ぼす決意をする。
使命を担う同志たちの友情、壮絶な戦い、戦いに倒れた同志に対する慟哭(どうこく)の涙。

彼らの心の底にあるのは使命感と家族への愛です。
母への思い、兄弟姉妹への思い…。
怒り、悲しみ、苦しみ、歓喜…そんな感情を赤裸々に吐露し、
奥ゆかしさとは反対に内面の心の思いを全て言葉にして語る…
それが小中学生にも外国人にも響くのでしょう。
作風の好き嫌いは別として、
この映画には何か私たちの心に響くものがあります。

炭治郎の優しさ、家族への愛、同志たちの固い使命感、決してあきらめない不屈の闘志。
彼の闘う姿は、「世のために」という思いで何らかの志をもって闘っている人たちには、
きっと共感できるところがあるに違いありません。

そして、これはまさに今、ウイルスという目に見えない恐ろしい敵と、
不眠不休で命を削りながら闘っている全ての医療従事者の姿に
通じるものがあるのではないでしょうか。